こんばんはお久しぶりです。ずっとほっぽっててすみません……
ホワイトデーもおわっちまったでチクショウ。
ちょっとデータ整理していたら、アップできそうなものがあったので加筆して完成させました。
お嬢の両親が、ふたりについて話しているというようなお話。
以前の「ステップアップ」の続きのようなお話です。
どうぞ。
[0回]
外野の事情彼は、深いソファに腰かけて、氷の入ったグラスを傾けていた。
先ほど娘は「お休みなさい」と言い残して2階へ上がっていった。
もう就寝するべき時間だ。明日の仕事の事を考えれば。それは分かってはいるのだが……
彼はウイスキーの瓶を傾け、氷だけになったグラスに琥珀色の液体を注いだ。
「お酒が過ぎましてよ」
前触れとなる気配もなく、背中に掛かった声に、彼は振り返らずに「お帰り」と言った。
「お前がこんな時間に帰るのも珍しいな。大抵泊まってくるのに」
彼の妻は、彼に負けず劣らず、忙しい身の上だった。
海外を飛び回ることが多く、帰りの到着便が遅ければ、会社に泊まって次の日はそのまま出勤するのが常だった。
「貴方が心配でね」笑った調子の声に、彼は少なからずむっとした。
「お前に心配されるようなことはない」
「私も飲もうかな」
「止めておけ。弱いくせに」
「あら、ちょっとだけよ。けちけちしないの」
彼の妻はグラスを持ってきて、彼の隣に腰掛けると、勝手に水割りをつくり始めた。
「あなた、今日初めて聞いたんでしょ? 麻衣子に。プロポーズされたって」
「ああ。お前はとっくに知ってたんだって? 裏切り者」
「裏切りだなんて。こういうことは、母親の方がよく気がつくものなのよ。同じ女ですもの」
「あちこち飛び回っていてもか?」
「麻衣子に付き合ってる相手がいることは、あなただって知ってたでしょうに」
「そうだが……麻衣子はまだ21だぞ。まさかこんなに早く、正式に挨拶に来たいだなんて聞かされるとは思わんだろう」
彼は頭を抱えた。彼にとって、娘はまだ子供で、彼の庇護を必要とする存在だった。
「まだ早い。あの子はまだ子供だろう」
「二十歳を過ぎてるなら、あの子の意志でどこにだってお嫁に行けるわよ」
「法律上はそうかもしれないが」
「女の子は成長が早いのよ。私に言わせれば、もう十分大人よ。それにね、ほんとはあの子のことほったらかしにして仕事ばかりしてるあたし達が、麻衣子の気持ちにケチつける権利なんてどこにもないのよ?」
肩をあげる仕草をした妻に、彼は視線で抵抗してみせた。妻の言っていることは正論だとは思ったが、素直に肯けない。
幼い頃のように、わがままを言うこともなくなり、娘は、ずいぶん前から自立したようにしっかり者だった。他の子持ちの同僚などから苦労話をよく聞くような、反抗期も全くなかった。
今思えば、娘は、甘え下手だっただけなのだろう。
休日、ゆっくり一緒に居てやれたことはほとんどない。誕生日ですら、家に帰れずプレゼントだけ、ということが多かった。不幸なことに、妻も同じようなものだった。
しばらく沈黙が降りた。グラスの氷が溶けて、カラリと音鳴りがした。
「実は、貴方には内緒で私、あの子の恋人に何度か会ってるのよ。あの子のこと、心配でね」
妻はグラスを揺らす。
「ずいぶん寂しい思いさせてしまったから、変な男に引っ掛かりそうで」
昔、妻と娘の結婚相手について漠然と話した事がある。どんな男を連れてくるのか、どんな男を選ぶのか。彼は社会的な地位があって真面目な男と答えたのだが、妻は違った。
傍にいて、やさしく、甘やかしてくれる人。確かそう言った。娘は寂しがりやに育ったと、妻は思っていたのだろう。
「どんな男だ、その……麻衣子の選んだ相手は」
妻はくすっと微笑んだ。
「あなたも気に入るわ、きっと。最初は驚くでしょうけど」
「信用に足る相手なのか、そいつは。この先、生活の不安はないのか」
「それは貴方が見て頂戴。私は、彼なら麻衣子ことを大事にしてくれると思ったわ。それで十分だったもの」
「そういうものか」
「ええ。女はね、愛されて、大事にされてさえいれば強くあれるものだから」
ふふ、と笑って、彼女はグラスを傾けた。
「……予定は大丈夫か」
娘に言われた、娘の恋人が挨拶に来る日時を彼は言った。
「ええ。大丈夫、空けておけると思うわ」
「今ならこうやって、時間も作れるのにな」
「そうね」
娘が幼かった頃、構ってやれなかったのが今更ながら悔やまれた。娘がまだ手の掛かる頃にはろくに休めなかったのに、娘が自分たちの手を必要としなくなったときには時間が取れるようになっている。皮肉な話だ。
「寂しいわね。一人娘なんだもの」
「嫁に行くか……まったく。いつかはそうなると思っていたが」
はぁ、と彼はため息をついた。
「仕方ないわよ。寂しがり屋は、そういうの、早いものよ」
「そうか?」
「ええ。恋人ができるのも、結婚も、寂しがりの女の人は早いわ。結婚が遅いのはね、自立してて、一人でもちゃんと生きられる、比較的高学歴の女性」
「お前、遅かったからな」
妻は30歳で彼と結婚した。クリスマスを過ぎれば、つまり24、5を過ぎれば嫁き遅れと揶揄されていた時代だったから、当時としてはかなり遅い。
「あら、私は周りにいい男がいなかっただけよ」
イタズラをしかけるような顔で妻が笑った。
「でも、麻衣子はいい奥さんになると思うわ。……いい母親にもなれるでしょう。私と違って」
「お前みたいには、なかなかなれんよ。どんな女性もな」
「まあ、ありがとう。珍しいわね」
「偶にはな」
彼は照れ隠しでグラスを傾けた。実際、女性の身で会社を切り回している、という意味を抜きにしても、妻のように男が尊敬できる女性というのは、年齢を重ねていってもなかなかお目にかかれるものではない。
それにしても、と彼は思う。
「嫁に出すのか……嫌だな。考えたくもない」
「息子が増えるって思ってみたらどう? 結構可愛い子よ」
「どんなに可愛かろうと、正直、いびりそうだ」
「まあ」
心から驚いた顔をした妻は、すぐに顔をゆがめ、こらえきれないとばかりに噴き出した。
約束の日。
最愛の娘は、派手な金髪頭の男をつれてやってきた。きちんとスーツを着てはいたものの、常識的な社会人とはかけ離れた風体に動揺を押し隠して仕事を聞いてみると、堅実とはほど遠い、プロサッカー選手だという。
その男となごやかに会話する妻に彼は驚く。どうやら、22という歳でも、雑誌なんかにもよく出る有名人らしい。よく聞いてみれば、実家が京都の呉服家で、今はインターネットの海外取引を充実させているところだとか。海外のファッション事情を妻に尋ねたりもしていた。
……ますます、得体が知れない。やけに弁舌さわやかなのも、いけ好かない。
「どうしてこんなに早く結婚を? 今の時代、君の年齢なら、まだ早いと思うんだが」
「そうかも知れません。でももう、長い付き合いですし。一緒に暮らせるんやったら、早くそうしたいと思ぅてしもて」
「長いって、付き合ってどのくらいなんだい?」
「ええと、中学の時からですから、7年ですかね。途中、高校の頃は遠距離でしたし。あーその頃の経験で早う結婚したいんかもしれません」
「中学の時から?」
「ええ」
彼は唖然とした。そんな子供の頃からこの男は娘にちょっかいを出していたのかと一瞬青筋が立ったが、冷静になればそこは怒れる所ではない。きちんと正式に挨拶に来ているからには、本気の付き合いだということなのだから。むしろ7年もと感心するところだ、本来ならば。悲しいかな、男親の心情で、まったくそんな気にならない。
妻は特に気にも留めず、話を続けている。「で、式はいつごろ?」なんて言い出した妻に、彼は慌てて目くばせをした。まだ許可してないぞ、私は。
「そうですね、春休みを待ってすぐ、と思ぅてたんですけど、その時期はみんな忙しいやろうから、5月の頭にでも。もちろん、お許しいただければ、ですけど」
堂々と視線を彼に合わせ、最後のセリフを言った愛娘の婚約者に、彼は言葉を飲み込んだ。
「そろそろ、食事にしましょうか」
妻は手早くビールとグラス、つまみの乾物を用意すると、娘とともにキッチンへ向かった。彼がなかなか承諾の言葉を口にしないため、予定を変えたらしい。
彼は向かい側に座っている娘の婚約者にビールを注ぎながら言った。
「返事を待たせてしまってすまないね。でも、今日が初対面だろう。断るほどの理由はないんだが、率直に言って、そう簡単に娘をやる約束はできない」
「殴られんかっただけ、マシですよって。正直、覚悟してましたから」
「……そうかね」
自然な仕草で彼のグラスにビールを継ぎ返す相手は、萎縮するそぶりも見せず、重ね重ねいけ好かない。もちろん、ここで萎縮して、顔色を窺うような男は言語道断だ。だがしかし、もっと、こう、何か欠点があってもいいんじゃないだろうか? アルコールを口にしたこともあって、彼はとめどなく考えた。
愛娘を奪いにきた相手というものは、娘はやれん! という言いがかりをつけるようなところがあって然るべきだ。そうじゃないか。
「女性関係は始末がついているのかね」
彼はかまをかけてみた。華やかな業界にいる男なら、あってもおかしくないだろうと思って。
ところが、思いのほか冷たい視線が返ってきた。
「……俺にはお嬢さんの他にいてませんよ。でも、もし上條さんに居られるんでしたら教えていただけませんか」
「は? 何をいったい」
「結婚することになれば、俺にもかかわりのある話ですから。教えていただけませんか」
両手を組んだ娘の婚約者は、身を乗り出してまじめな顔で言った。この青年はつまり……
「私に愛人がいるとでも?」彼は呆然として言った。
「居られんのですか?」
「居るわけないだろう!」思わず素っ頓狂な声が出てしまった。慌てて態度を整える。
「いや、すまない。ちょっとカマをかけてみたんだ。失礼した」
「はあ、そうでしたか。いやぁあかんわ、俺てっきり……」
ぺち、と音をたてて青年は額を叩き、溜息をつく。
きまり悪さに軽く喉をならし、ビール瓶に手を伸ばしながら聞いた。
「参ったね。やはり、社長なんてものをやっていると、そういう見方をされるものかな」
「いや、社長さんやから、ってわけやないんですが」
青年は珍しく迷うように視線を落とし、軽くため息をついた。
「やっぱ、先に言っておいたほうがええですね。俺、実は……」
夕食を待つ間、娘の婚約者は自分の家の事情を話しはじめた。
娘の婚約者の実家の事情、二人いる母親について、そして小学校時代の放浪。聞いて彼は、なるほど、と思った。そんな生い立ちならば、早く自分の家庭を作りたがるのも、無理はないかもしれない。
『仕方ないわよ。寂しがり屋は、そういうの、早いものよ』
中学で出会ったという、娘との馴れ初めを聞きながら、ふと、妻の言葉を思い出した。
「それで今、結婚したいということか」
「ええ。ほんまは、もっと早くにしたかったんですけど。お嬢はええ家のお嬢さんやから、流石にハタチ前には貰えへんやろと。おれも、一人前やなかったですし。最近ようやく商売にメドがついたんで」
「まだ遊びたいとは思わんのかね。うちの会社の若い衆はそう言ってなかなか結婚しないで、恋人に振られたりしているがね」
「適当にフラフラすんのは、そら昔は気楽でしたけど。まあ、ちゃんとやるって決めたら、傍に誰かいて欲しいと思うようになって」
「そうか……」
彼はソファに深く身を沈めた。
自分で決めた自分の道だ。この道を進むことに迷いはない。他人に笑われても馬鹿にされてもかまわない。でも、欲を言えば……できることなら、誰かに見ていてほしいのだ。よくやった、がんばった、そう言って認めてほしい。できれば自分のすぐ傍で、愛する人に。
「……参ったな」思わずつぶやいた。青年は怪訝そうな顔をしたが、構わず彼は思索に沈んだ。
反対する理由がみつからない。むしろ共感してしまう。この青年はこの年で、一丁前に男なのだ。
「お食事、用意できましたよ、あなた」
呼びに来た妻が、彼の困り切った顔を見て言った。
「あらあなた、もう二日酔いですの?」
彼はビールからウイスキーへと酒を変え、浮かない顔をしてグラスを傾けていた。
娘の婚約者である金髪の青年はここには居ない。泊って行かないかという妻の誘いを断り、タクシーでホテルへ戻ったのだ。
妻がエプロンをときながら彼に近づき、ソファの隣に腰かける。
「麻衣子は」
「食器洗ってくれてるわ」
「そうか。ああ、どうしたものか……」
「あら、後悔してるの? 結婚を許したこと」
「いや、そうじゃないが。いや、後悔しているのか、これは」
「まあ。飲みすぎじゃない、あなた。もうよしたら?」
「今日は止めないでくれ。飲みたい気分なんだ」
「しょうがないわねぇ、今日は特別よ」
「ああ。今日だけは特別だ」
彼は天井を見上げた。オレンジの蛍光灯が眩しい。眩しくて涙が出てくる。ぎゅっと目をつぶった彼に、妻がくすりと笑う。
「今からこの調子じゃ大変だわ……」ティッシュを差し出しながら、妻が言った。
「結婚式が楽しみね」
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2009/03/24
笛小説
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